台湾について、何を知っているか?考えてみた。



最近、台湾や日本の歴史についてようやく興味を持ちだしたかっちゃんです。

 

台湾で生活していて感じた疑問

台湾で生活していると日本で当たり前だったことが当たり前ではなく、なんじゃこりゃーって場面によく直面します。幼少期からそこ疑問に思う?ってところほど、なんで?のオンパレードだった私はもちろん台湾でも沢山のなんで?が頭のなかにうじゃうじゃ。

  • なんで台湾はこんなに色んな言葉を話す人がいるの?
  • なんで台湾はトイレに紙流せないの?
  • なんで台湾人の男の人はみんな同じ髪型なの?
  • なんでめっちゃ厚着してるのに素足にスリッパなの?
  • なんでこんな運転荒いの?
  • なんで右側通行なの?
  • なんでバイクこんな多いの?
  • なんでみんなのんびりしてるの?
  • なんでこんな汚いの?
  • なんでみんなはっきりものゆうの?
  • なんで時間にルーズなの?
  • なんで野良犬多いの?
  • なんで歩道ガタガタなの?
  • なんで日本好きな人多いの?
  • なんで日本の製品で溢れてるの?
  • なんで平気でゲップするの?
  • なんで謝らないの?
  • なんで国じゃないの?
  • なんで中国嫌いなの?

 

上記は私の疑問リストのほんの一部です。

 

疑問を解決するには歴史を知るのが早い?

これらの日常の疑問が、台湾では昔なにがあったの?なんで台湾人は今の台湾人になったの?と最終その疑問点に行きついた訳でございます。(若干ムリヤリ)

なんとなく知っているのは以前台湾はオランダの植民地で、その後日清戦争に勝った日本が台湾を統治してたということ。そもそも、植民地と統治は何が違うの?って感じですよね。

そして日本が敗戦し台湾の統治が終了すると、中華民国の蒋介石がやってきてその後二二八事件が起こって・・・

これぐらいは日本の教科書でも載ってたと思います。

 

ただ色んな本を読むと見えてくる色々。簡単に台湾が好き、と言えなくなっていく日々。

 

ある日見た一本の映画、セディックバレ(賽德克巴萊)

つい最近、こんな映画があることを知りました。2011年、台湾で作られた映画で日本では2013年に公開されています。全編後編と2部作で、全部で5時間ぐらいあります。

作品の内容ですが、日本統治時代の台湾原住民と日本軍との衝突を描いた物語なのですが、なんというか・・・台湾に住む日本人として言葉にできないものがあります。そして台湾について何も知らなかったってことにも少し怖さを感じました。

言葉では本当に言い表せないのですが、魂が震える感じ。

ただこの日本軍と台湾原住民の衝突はあくまで一場面で、昔から世界中の色々なところで部族の争いや戦争と呼ばれるものにはこういう悲しい現場の悲惨さがつきまとうんだな、と。

この映画を見たからこそ新たに浮かび上がった疑問は、なぜ今の台湾は親日と言われているのか?です。

 

なぜ台湾は親日と言われているの?

この疑問にも外せなかったのが二二八事件でした。

この事件は日本の統治が終了した後、やっと中華民国に戻れる!と大喜びした台湾人たちが、中華民国の酷い理不尽な政権で我慢できずに暴動を起こすのですが、蒋介石の出した指令は「99人を間違って殺してもいいから1人を逃がすな」という台湾人の大量虐殺でした。

もちろん殺されたのは日本統治時代から台湾に住んでいた本省人と呼ばれる台湾人ばかりで、日本統治終了後に中国から国民党とともに台湾にやってきた外省人という人たちは殺されていません。

二二八というのはもちろん2月28日という意味です。決してこの一日で終わった訳ではなく、この日をきっかけにこの事件が始まったのです。

長く日本の統治下にあった為、本省人か統治終了後台湾にきた外省人か、日本語を話せるか、君が代を歌えるか、で判断をして虐殺をしていたそうです。

この無残な国民党の政策は1949年から1987年まで続いたのです。そして約28,000人もの台湾人が殺されたのです。

 

昔ほど美化される、とそんな言葉もありますが日本統治時代には日本の言いなりではあったものの、インフラ整備、事業拡大、医療、都市政策と台湾の文明の発展に尽くしてきた日本。そんな統治時代のことをこのむごい事件を皮切りに台湾人が、あの頃は・・・とよく思うようになるのです。

そうして現在の親日と呼ばれる台湾に近づいたのでは?と私は解釈しています。

 

気軽に台湾を好きと言えなくなりました。

台湾が好きではなくなった、という意味ではありません。好きと言った途端、台湾の何をしっているの?と自問自答している自分がいることに気が付きました。

 

よく小さい頃、世界がみんな同じ言語だったらいいのにな。と思っていました。みんな日本語で話せたら、みんなの思っていることが聞けて、みんなに自分の思っていることが言えて、そしたらもっと楽しくなるのでは?と子供ながらによく考えていました。

しかし最近気づいたのは言葉は文化で民族そのものを表すもの、歴史そのもの。なので言葉の違いがなくなるということは民族や文化もなくなってしまう、ということ。

みんな違うから、楽しい。

みんな違うから、知りたいと世界に興味が沸くのです。

 

人間の悲しい性ではありますが、だから戦争が起きるのです。

もっと違いを受け入れれる、大きな人間になりたいなあ、と思う毎日です。では。

 

 

 



ABOUTこの記事をかいた人

社会人7年目、仕事を辞めて台湾留学に行くことを決意した28歳女子。タフさ明るさNo1の思い立ったら即行動人間。日本にいるときのお仕事はスポーツショップの販売員でボールを蹴ることが趣味でした。現在、台中逢甲大学に語学留学中。